−保護者として望むこと −
冨井 るり子 (母親:千葉市)
1994.9.15-17 明治学院大学において第32回『日本特殊教育学会』が開催されました。レット症候群についても《レット症候群と学校教育−こどもへの対処をめぐって》という課題で検討がなされました。国立特殊教育総合研究所の土谷良巳先生からの依頼で、親の立場から娘のまゆについてお話いたしました。20分という持ち時間の中ではありましたが、レット症児が学校へ入った時に、どのように受け入れていただきたいか、ということを少しはお話できたかなと思います。
学校の選択
娘のまゆは肢体不自由児養護学校の中学部3年に在籍しております。昭和58年、3才4ケ月の時に瀬川小児神経学クリニックでレット症候群と診断されました。当時レット症候群の患者は世界的にも珍しく、日本でも数えるほど少ないといわれ、診断も遅れておりました。就学までの間は、肢体不自由児のための母子通園施設に通っていました。 いよいよ就学に直面してあちこち見学した結果、現在の千葉県立桜が丘養護学校へ入学する事に決定しました。レット症候群は全く歩けない子から走り回る子まで、症状は様々です。歩けない場合は自動的に肢体不自由校に決まってしまいますが、娘はレット症候群の中では軽い方のようです。ですから肢体不自由児校と精薄児校とどちらでも選択できたわけです。娘が肢体不自由校を選んだ理由は、運動能力の点で活発なお子さんのいる精薄児校ではまゆの身体の動きがついて行けないのではないかという不安があったからです。元気な子に突き飛ばされたらひとたまりもありません。また将来歩けなくなるかもしれないと言われていた娘にとって訓練での機能向上は大きなテーマでした。訓練がきちんとカリキュラムに組み込まれている肢体不自由児校はとても魅力でした。また授業の内容が見る事・聞く事にも重点が置かれていて、手が使えない娘にとって目や耳から入る情報が心の成長に繋がると考えたからです。小・中・高と一貫教育で、見学に行った時にお兄さんお姉さんが優しく声をかけてくれたり、在校生が助け合って明るく生活している光景を見てとても勇気づけられました。当時桜が丘にはレット症候群の先輩がどういうわけか2人も在学しておりました。
訓練
訓練に関しましては、最初に担当された先生は「まゆちゃんの場合は失った機能を回復するという点でリハビリテーションととらえています」と言うことでした。そして胸の前で絶えず手を叩いているまゆを見て、自分の手を一続きのサークル状に認識しているのではないか、というお話で、なるほどそういう見方もあるのかなと妙に納得させられました。3年生の時から毎年訓練の先生が変わりました。一貫してまゆの訓練のねらいは変わらないのですが、先生が変わる度に訓練方法が変わる場合があり、親としてはこれまでの1年間の積み重ねが途切れてしまうのではないかと心配してしまいます。訓練のねらいは“過度の緊張部位の弛緩”“歩行の安定性の向上”などでした。4年生の時に、初めて訓練に階段昇降が取り入れられました。小学部の間はなんとか手を引いてもらって昇れるという程度でしたが中学部の後半から調子の良い時は独力で階段昇降が出来るようになりました。このことは中学部になって教室が2階になったということが関係していると思います。毎朝階段を昇ってクラスの友達に会うという学校生活の中で徐々に階段への恐怖心をなくしていったようです。これはまゆ自身が中学部になって2階になったということの意味を体得したことと、先生方の適切な指導とが一人での階段昇降を実現させたのだと思います。
まゆの身体のことで今一番心配な事は側弯です。中学部の2年の後半頃から親も教師も側弯に気付き始めました。現在千葉大学整形外科の側弯外来に通院中です。幸いにまだ軽度でコルセットは着けなくても済んでいますが、これからの進行が心配です。毎日リハビリに通うわけにもいかないので学校のカリキュラムの中に是非側弯予防のプログラムを取り入れていただければと思います。なおレットの子の場合、肢体不自由校ばかりでなく精薄児校に入ってくるケースも多いので、そうした場合もやはりその子に応じた配慮が必要だと思います。
訓練に関して、1年間の積み重ねが途切れてしまうのではないかというお話をしましたが、一つの提案として、病院などで行われている“カンファレンス”のようなものを取り入れてみてはどうでしょうか。学年が変わる時に、訓練担当の先生の間で引継ぎがなされているとは思いますが、前年に先生が取り入れた訓練方法が優れていても、それが全く引き継がれていない場合もありました。ですから新旧の訓練担当の先生や担任、それに親も含めた4者で具体的な訓練内容を話し合う機会を作っていただけたら、訓練の一貫性が出来るのではないでしょうか。
手の動き
レットの子供は手の動きが外見上の大きな特徴です。まゆもお腹の所でいつもトントと手を叩いています。手の動きは絶えず止むことなく見えますが手も感情の動きを示しています。ぼんやりして何を考えているかわからないときは手の動きもありません。美味しい物を見た時、楽しい事・嬉しい事そして悔しい事を感じた時、心の高ぶりをそのままあらわすように手の動きも活発になります。手の動きを止めたいと思っても止めることは出来ません。手の動きが止まれば、昔何でも掴めていた状態に戻るのではと、何度か止めさせる努力をしたこともありましたが、かえってストレスをまねくようです。本人が意識しないで手の動きを変化させる方法はないのだろうかと考えます。どんな時に手の動きが止まったり変化するかを観察してみると、必要に迫られて手を使わざるを得ない時、例えば痒い所を掻いたり、椅子からずり落ちそうになった時に手をついて深く座り直す時、欲しい物に手を出す時など、好物の果物をフォークに刺して握らせるとなんとか口の方へ持って行こうとあがいている間、手の動きはありません。手の動きを止めることが良い事かどうかはわかりませんが、手が動いている間は、手としての機能を発揮する事は出来ません。なんとか手が使えるようになる方法はないものかと思います。
音楽療法
ここで音楽療法について少しお話ししたいと思います。レット症候群の子供たちにとって音楽療法は心の発達を促す上でとても大切な手段だと思います。まゆが幼い頃は好きな音楽、嫌いな音楽がはっきりしていました。『子犬のプルー』という歌の悲しそうなメロディーが聞こえてくると、もう悲しくてたまらないというように泣いてしまったり、題は忘れましたが私には賑やかで楽しそうに聞こえる曲が始まると途端にそわそわと落着きがなくなって泣き出した時期がありました。父親に言わせると、その曲の途中にある半音ずつ下降するフレーズが非常に不安な気持ちにさせられるからではないかと言うのです。現在では極端にこの音楽が嫌いということはなくなりました。今では嫌いな曲に対しては泣くよりも怒るという態度に変わってきています。 音楽療法にも様々な考え方があるようですが、まゆの場合には音楽それ自身の力によって、まゆの心が開放され他者とのコミュニケーションがとりやすくなるのなら、それで良いと思っています。イライラして落着かない時、だるそうで塞込んでいる時、その時々に応じた音楽を与えるようにしています。幼い頃睡眠障害で夜中にムックと起き出して騒ぎ始めた時は『喜多郎』のテープをかけてやると不思議と落ち着いてきて次第に眠りに誘われて行くようでした。家庭ではこんな風に音楽を取り入れてきました。他のレットのお子さんの例では、発作がひどくて脳波をとった時に、お好みのテープをかけるとはっきり波形が変わったという報告もあります。音楽はそもそも芸術です。音それ自身を受け止めて感動するのもです。音楽に対する反応の仕方は子供によって様々です。その子にとっての楽しいリズム、心開かせるメロディーを探り当てる必要があります。“療法”とう文字にとらわれないで自由にその子のオリジナルな音楽療法といったものを工夫していただけたらなと思います。
心の動きと眼の働き
娘は現在の自分の立場・状況を敏感に読み取る事ができます。自分は今邪魔にされているのか愛されているのかがわかっています。例えば両親がまゆの存在を忘れて2人で話に夢中になっていると、ポロポロ涙を流していたということが何度かありました。小学部2年生の夏、弟が誕生しました。弟に初めて出会ったまゆは珍しい物でも見るようにのぞき込み、こんな嬉しい事はないというように笑顔でいっぱいになりました。本当にニコニコと嬉しそうでした。弟の存在が単純に刺激になるだろう、お人形かおもちゃのように楽しいものとしてとらえているのだろうと、この時私は予想していました。ところが弟におっぱいを飲ませていると、ジィーッと側で見ていたまゆはただ黙って本当に寂しそうにポロポロ涙を流しているのです。今まで一身に親の愛情を独り占めしていたまゆですが、弟ができたことで微妙に自分の立場が変わってきているのを感じたのでしょう。私はこの時改めて娘の感性が深い深い所できちんと成長していたのだと認識して驚きました。このようにレットのお子さんは身体的には重度でも内面はとても豊かに成長し続けているのではないでしょうか。
手を使う事も話す事も出来ない娘にとって、他者とのコミュニケーションをとる手段は眼です。何が食べたいか、何をしたいか、何をしてもらいたいのか、その眼の動きを追って行くと段々まゆの心の動きが見えてきます。最初は眼をそらしてしまったり、全くこちらに関心のない素振りを示しますが実際は相手のことを充分意識しながら内面の心の葛藤から眼をそらしたり無視したりする行動になるように思われます。相手に慣れて親しみを感じ始めると、自分から相手を求めるようになり視線を合わせる事も容易になります。どうか子供の心の動きを眼の表情から汲み取っていただけたらと思います。 中学1年から3年間引き続き娘の担任になられた若い男の先生が個人面談の際にこんな事をおっしゃいました。「1年2年と経ち、段々まゆさんのことがわかってきました。今、まゆさんと私はワーッと爆発的な感じてコンタクトがとれるようになってきました。まゆさんが初めての人に会った時視線を合わせようとしないのは、健康な人でも照れ屋だったり他人との関わりが苦手な人がいるように、まゆさんも決して相手を意識していないのではなく、意識しているからこそ眼をそらすのではないでしょうか」 また別の先生は「まゆさんの担任になった時、他の先生からまゆさんは何でも分っているのだからそのつもりで接するように、というアドバイスを受けました。自分もそう思うし、そのように接しています」とおっしゃいました。これらの言葉は、今現場で実際にまゆを見て下さっている先生方の感想です。先生方からの心のこもった語りかけや適切な訓練等の刺激を得る事がレットの子供たちには大切なことです。今まゆはそういう意味で先生達の努力によって楽しく学校生活を送っています。
先生に望むこと
レット症候群は進行性の神経疾患だといわれています。だからといって、『退行性』という表面的なとらえ方をして訓練の意味を軽視しないでほしいのです。21歳で養護学校の高等部に復帰したレットの先輩がいます。彼女は小さい時は活発に動くお子さんでした。家庭の事情で10歳の頃施設に入所し、その頃から少しづつ歩くのが下手になり車椅子の生活になったそうです。ところが学校に復帰して訓練を再開してから歩行を取り戻し、現在では利き手の左手に大きなスプーンを持たせ、そっと介助してやると自分の意志で食べようとするようにもなったそうです。このように決して退行するだけの病気ではないのです。彼女の担任になった先生も熱心に訓練に関して勉強されたそうです。
先生方の中には「レット症候群のことがよく分からないのでこれから勉強します」といった趣旨の言葉をよく言われます。親としては学校がレット症候群の受入れの実績やノウハウがないということは充分承知しています。学校に望むことというテーマでお話ししてきましたが、レットだからこういう訓練、というものは今はありません。レット症候群という病気にばかりとらわれないで、その子自身を見つめて欲しいのです。その子を見つめて、どうしなければならないかを先生が想像してカリキュラムを作る意気込みを持っていただきたいのです。レットの子を初めて担当することになった先生が、その子が通っているリハビリを見学したり病院に同行したりして、学校の訓練に取り入れたという例も聞いています。
レットの担当になった先生にお願いするとすれば、とにかく1年間試行錯誤して子供と共に生活して頂ければ、それで親は満足なのです。話はそれますが、娘が野の花を髪に刺して帰って来ることがあります。とてもほのぼのとした気持ちに包まれ、あぁ、まゆが愛されているのだなと、親も幸せな気持ちになるのです。
最後にもう一度繰り返させて頂きますが、レットの子供たちの心は豊かに成長するものです。どうか彼女たちの眼の動きを丁寧に読み取って下さい。そして彼女たちとアイコンタクトをたくさん取って頂ければ彼女たちの心の言葉が聞こえて来るものと思います。